
01 文書
文書はすべて Esteri 系列の busta 2337 にあり、DECODE のために撮影されている(記録 R9553–R9589、ログインで閲覧)。見出しから日付と場所がわかる。
- ロンドン、1816年:4月1日(R9553、no. 2314、見出し「Cifra della Segreteria di Stato」)、8月30日、9月6日、9月26日、10月4日(R9556、R9557、R9579、R9558)。
- パリ、1816年:6月3日(R9555)、10月17日、19日、23日(R9559、R9560、R9587)、11月30日(R9561、7ページ)、12月1日(R9566、急報3874、別の筆跡による2つ目の断片あり)、12月3日(R9562)。
- 日付なし、Circello 宛て:R9554(no. 2589)、R9563(2814)、R9564(3388 または 3588)、R9565(3721)、R9567(4086)。断片 R9582–R9585 は1817–1819年のものである。
- パリ、1823年、Cavaliere de’ Medici 宛て:9月4日、8日、11日(?)、10月9日(R9569、R9571、R9570、R9589)。ピウス7世の死後に開かれた教皇選挙(コンクラーヴェ)が主題である。
- 別のコード:R9586 と R9588(値 100–1100、鉛筆による薄い注記)は手をつけていない。R9590(パリ、1830年3月12日)も別のコードである。
画像は読む順に並んでいない。R9579 は P2、P3、P1、P4、R9569 は P2、P1 の順で、R9561 は P2 から始まる。
02 コード
群は1から約2,450までで、間に点が打たれている。1816年と1823年で同じ高頻度の群(2201、2211、332、1909、2450、2232、1864、1843)が現れるので、7年間同じ1冊のコードブックが使われたことになる。その単位は音節、よく使われる語、名前であり、1語は必要なだけの単位を組み合わせて綴られる。
| 群 | 読み |
|---|---|
| 1708 2027 1994 · 1708 1531 1994 | ele·va·zione · ele·(冗字)·zione |
| 1609 2448 2221 1951 2450 · 1609 2380 2221 2076 | pon·ti·fi·ca·to · pon·te·fi·ce |
| 2009 2211 1725 2295 · 2012 2448 1535 2169 | Car·di·na·le Cas·ti·gli·one |
| 2367 2290 1404 1535 · 2367 2232 2450 | par·lan·do·gli · par·la·to |
| 2357 1758 2318 · 1919 2318 · 1739 1714 2318 | li·ber·tà · No·ta · un·i·ta |
これは同音異字(ホモフォニック)式である。di は 1112 と 2211、pa は 1201 と 2363、ere は 1836 と 2381。局所的なアルファベット順の並びを持つ二部式コードである。2201 che、2205 ci、2211 di、2221 fi、2230 l、2231 l’、2232 la;2082 del、2083 dell’、2084 della;2045 quella、2049 questo;2161 is、2162 Isola;1919 no、1920 non;2445 ter、2448 ti、2450 to。並びと並びの間では順序がばらばらである。5桁目の数字を付けて書かれた群(21900、18900、16480。約100例)は、常に解読者が何も書かなかった箇所に来るので、冗字(ヌル)である。
03 注記付きの書簡の内容
1816年12月1日(R9566、最初の10行)。内務大臣 Decazes は「今もフランス王の最大の寵愛を受けて」おり、パリを通過したスペインの大臣 Onís と会談した。フロリダの割譲と、取り沙汰されていたキューバのイングランドへの割譲について話す中で、彼は「巧みにほのめかした」……注記はそこで終わっている。
1823年9月8日(R9571)。「La Francia desidera il Cardinale Castiglione per Papa, ma si biasima di avere il Duca [di] Laval troppo fatto ciò vedere, e si teme che ciò nuoccia al suddetto porporato per la sua elevazione al Pontificato. Non esiste alcun accordo tra la Francia e l’Austria per l’elezione del Pontefice.」(フランスは枢機卿 Castiglioni を教皇に望んでいる。Duc de Laval はそれをあまりにあからさまにしたと非難されており、それが同枢機卿の見込みを損なうおそれがある。教皇選挙についてフランスとオーストリアの間に合意はない。)Castiglioni がピウス8世として選出されたのはようやく1829年のことで、1823年9月28日に選ばれたのはレオ12世であった。
1823年10月9日(R9589)。スペイン王が自由を回復し、9月28日付の Medici の急報 no. 688 で命令が出された以上、Castelcicala が会議に覚書を渡すことは問題になりえない。追伸:アングレーム公は2か月は戻らない。
1823年9月4日(R9569)は10行にわたって注記がある。「al Sovrano Pontificato」への選出、フランスの意図、そしてフランスが「l’esclusiva」すなわち拒否権を行使するかどうかに関するものである。
04 手法と未解決の点
27件の記録を DECODE から取得し、2つの転写エージェントが最大解像度の切り抜き画像から転写した。主コードで9,428群、異なり数1,315である。注記を群ごとに整列させ、繰り返し現れる文脈から鍵を手作業で拡張した。その162個の値は次のファイルで等級付けされている: key.tsv。90個は同時代の注記から直接得たもの(G)、18個は注記があり第2の文脈で確認されたもの(X)、54個はここで推論した未確認のもの(I)である。これらにより、対象書簡の群の45%に値が与えられる。未知の各群について、候補音節をイタリア語の5-gram モデルで評価しても、候補は区別できなかった。既知の隣接群が少なすぎ、音節や語への区切り方もわからないからである。
したがって、全文が解読された書簡はない。部分解読(reading_partial.txt)は作業用ファイルであり、本文の校訂版ではない。I の値のいくつかは間違いなく誤っている。R9579 の「il Sr troppo l d’An ta」は名前に違いない。次の段階は、注記が与えるフロリダ・キューバ・Decazes という主題を手がかりに、アルファベット順の並びを使って未知の群の範囲を絞りながら、1816年の書簡を1通ずつ解読することである。コードブックそのものが ASNa の Esteri または Segreteria di Stato の文書の中に残っていれば、たちどころに決着がつくだろう。DECODE にある Borbone 1666 の領事用の鍵(R9532–R9541)は1859–60年のもので、当てはまらない。
05 出典
- Archivio di Stato di Napoli, Ministero degli affari esteri, busta 2337、項目 4–41、DECODE のために撮影(R9554、R9566、R9571、R9589 およびその隣接記録)。画像はパブリックドメインではないため、切り抜きのみを示す。
- Busta 2317(DECODE R9549):1797–98年のウィーンからの急報とその解読で、別のコードによる。DECODE の注記が何を示唆していようと、これらの書簡の平文ではない。
- Castelcicala 公 Fabrizio Ruffo:Dizionario Biografico degli Italiani。彼の暗号急報の校訂版は見つからなかった。
転写、鍵、スクリプト、メモ、プロファイル:リポジトリの targets/castelcicala1816/。
