01 2通の手紙、3つの証本
| 文書 | 画像 | 暗号の証拠 |
|---|---|---|
| No. 30、プラハ、1577年3月2日。写本の fol. 62 から始まる | Gallica の画像 63–66 | 草稿での挿入29箇所、書かれた数字834桁 |
| No. 37、ブレスラウ / Wratislavie、1577年5月2日。fol. 75 | 画像 77–78 | 平文 plusieurs の前後の2つの部分、草稿で77桁 |
| No. 38、5月の手紙の別の写し。fol. 76 | 画像 78–79 | 第二の暗号の証本。平文での解読はない |
画像65の左側は画像64の下部を繰り返しており、二重には数えていない。5月の証本は概ね同じ数字を繰り返している。見かけ上の 53/35 と 13/14 の違いは未解決である。リポジトリで引き継がれたフォルダ名 labbe1582は、手紙の日付を示すものではない。
部分ごとの一覧には、画像の参照、隣接する平文、草稿の数字が記録されている。その31件の記録は転写のための補助である。その区切りからは、暗号が1桁、2桁の組、混合の単位、音節、語のコードのいずれを用いているのかは確定しない。
02 プラハ:2月に送られた暗号
平文の部分は、l’Abbé とヌヴェール公との文通のほか、皇帝宮廷とポーランドの情勢を扱っている。2つの細部が、以前のローカルの概要を訂正する。冒頭は l’Abbé 自身の発熱と、19日間部屋にこもっていたことを述べている。画像66は、ハンガリー国境のために、記された年数のあいだ毎年20万ターラーという話に触れている。平文全体の概要は暫定的なもので、外交文書の校訂版ではない。
画像63で、l’Abbé は最近の暗号の送付について述べている。この箇所は平文である:
Le 24e dudict passé j’escrivay au Sr Barquin [name provisional] par deux voies diverses […] et luy ay envoyé par l’une, copie de la chiffre que je vous envoyay avec mesdictes dernieres, affin que nous nous pouvions escrire librement.
要旨:前月24日に彼は2つの異なる経路で手紙を書き、そのうちの一方で、以前ヌヴェール公に送った暗号の写しを送った。自由に文通できるようにするためである。手紙の日付から、これは1577年2月24日を意味する。Par l’une は経路の一方を指す。この箇所は送付を報じているだけで、同封物が残っていることも、対象の2通がまさにその暗号を用いていることも確定させない。

ある目録のミラーサイトが、それ以前の手紙 BnF français 4695 no. 51、プラハ、1577年2月5日 と、4月20日付の別の手紙 no. 55 を挙げている。これらは調べるべき具体的な文通の痕跡となる。この巻には no. 25 として Gaspar Barchino の1575年8月8日付の手紙も含まれているが、暫定的に読んだ名前 Barquin との関係は仮説にすぎない。それ以前の手紙の本文、同封物、葉番号、画像番号は確認していない。今回の試みの間、Gallica への新たなリクエストは失敗した。
03 ブレスラウ:平文のない複本

5月の手紙の平文の部分は、ヌヴェール公の財政上・法律上の用件と、皇帝宮廷での役職の交代を扱っている。暫定的な読みでは、Weber は4月27日の皇帝の出発前に職を退き、Vieheuser が後任となった。暗号は、Weber がさらに2年間宮廷に出仕するつもりだという言及の後に続く。その文脈から平文は得られていない。
フランス語の語 plusieurs は、2つの数字の部分の間に平文で書かれている。両方の写しとも暗号を保持しているので、比較は数字の確認には役立つが、独立した解読をもたらすものではない。平文部分の作業用転写と暗号の証本の比較には、不確かな点がそのまま残してある。
04 試したこと
草稿の転写を、キャッシュされたスキャン画像から、見つかった3月の挿入すべてに広げた。続いてソルバーで、数字を単位に分けるさまざまな方法と、冗字の可能性を試し、フランス語の文字の言語モデルで評価した。暗号の方式は確定していない。
- 固定の接頭辞規則による1桁と2桁の単位への分割と、それに続く制約付きの換字探索。最初の無制限の同音異字探索は同じ文字の繰り返しに収束したため、破棄した。
- 数字を単位に分ける方法の網羅的な探索:異なる単位の数と余った数字についてのフィルターを通過した分割は1,566通りで、それぞれを5,000提案×3回の再スタートで探索した。
- 固定した対の変種6つと、末尾の6についての仮説を含む、点で区切られた対・冗字のさらなる扱い方。
- 5-gram の言語モデルを用い、5月の部分だけを対象とした探索。平文の plusieurs は保持し、クリブとして mais…jamais と ne/ni を課した。クリブは整合するテキストに広がらず、その値はいずれも採用していない。
合成した対換字の対照実験では、ソルバーは538文字すべてを復元した。これはプログラムを試すにすぎず、歴史的な暗号がその種類であることを示すものではない。このプロジェクトでの以前の試みでは、1580年6月の「Chifre avec Madame」とは一致しないと報告された。ここで調べたキャッシュ済みの1584年のヌヴェール公の記号アルファベットも、同様にこれらの手紙のための数字表をもたらさなかった。どちらの比較も、ヌヴェール公の鍵のあらゆる可能性を排除するものではない。
実験記録には、固定した入力、プログラム、出力、そして修正した5月の試験が記されている。ソルバーの出力のうちフランス語らしく見える断片は、平文としては採用しなかった。不確かな転写に対する失敗は、暗号が破れないことを示すものではない。
05 未解決の点
暗号の挿入はどれも解読されていない。 評価 H や C の平文は主張しない。転写には、判読できない [?] が部分 f64r08に残っており、ほかにも不確かな数字や未解決のつなぎ目がある。トークン単位の網羅率は算出できない。3月と5月の平文ファイルは暫定的なもので、疑わしい名前や表現にはなお校訂作業が必要である。Barquin は暫定的な(評価 M の)名前の読みであり、Barchino との同定は証明されていない。
次に得るべき最良の証拠は、2月の文通か、残存する暗号の同封物であり、特に français 4695 no. 51 の周辺である。この手がかりを調べるには、デジタルアクセスの復旧か別の写しが必要である。更新すべき確認済みの DECODE 記録はなく、鍵の網につなぐべき名前のある鍵もなく、示すべき解読の再生もない。宛先は大まかにフランスとしかわからないため、地図帳には都市を推測で記していない。
06 出典と調査記録
- BnF français 3198、Gallica:画像63、64、65、66、77、79。画像はローカルにキャッシュした写しで調べた。
- それ以前の手紙という手がかり:BnF français 4695 の目録ミラー、Gallica の原本の巻。目録上の証拠にすぎず、該当する画像は未確認である。
- 先行の比較:BnF français 3995, fol. 1、1580年6月の暗号。ローカルでの再評価では、以前の比較と今回の新たな試験とを区別している。
草稿の一覧、暫定的な平文の読み、ソースコード、不成功の出力、対照実験、固定フィールドのプロファイル:リポジトリのフォルダ。再評価は以前の調査結論に優先する。
