01 文書
BnF fr. 4735 は「pièces originales et de copies concernant l’histoire de France, 1569–1588」の2冊目で、no. 5 から no. 80 までは、ポーランド選挙使節団に関する宮廷の綴りである。Konin とワルシャワからの Monluc の手紙、聖バルテルミの虐殺に関するポーランド側の覚書、国王の返書、そして1573年4月と5月にワルシャワとプウォツクから送られた Lanssac と Gilles de Noailles の手紙が含まれる。目録は、Lanssac の4月24日(nos. 60–61)、5月1日(63, 65)、5月9日(70)の手紙に「avec chiffre et déchiffrement」と記し、4月26日の no. 51 には「avec chiffre」とだけ記している。Gallica には巻全体がマイクロフィルムのスキャン(btv1b9060724s、ラベルのないキャンバス614枚)として収められている。no. 51 の葉番号は124、キャンバス242であり、ここで最初に目録項目に記した126ではない。
目録が姉妹書簡の解読と呼んでいるものは、この同じ欄外の注記であり、ff. 154、154v、156、157 で暗号の脇に1行ずつ書かれている。マイクロフィルムには各注記行の最後の1、2センチしか残っていないが、f. 154v では暗号の1行目が「Car je n’ay pas cinquante escuz」の脇にあり、暗号の行はちょうどそれに見合う長さである。
02 暗号
- 同音異字の文字。 個々の図形記号(十字、横棒、数字、文字に似た形)が続けて書かれ、点、コンマ、短い横棒が語の区切りになっている。よく使われる文字には2つか3つの記号がある:e ✕ ✱ Γ Δ、a ⊤ π H、r ϕ ⊨、s 9 Lo IIII、i ⊢ ϙ、n ſ o-o、u/v o+ ff o+o、m 8 ᥙ、l 3 ⊥、o ꞔ L、t ʓ ттт、p y N、d ‡、c 7 ⋔、g ∞、f o-、h +、qu ꞗ。
- 音節記号と語記号。 et ♁、nt ꝸ、st 点付きの 8、de ᒐ、ou ᛏ、ns Λ、car Z、pour †、そして Allemagne は下に巻きのある Z である。f. 124 と ff. 154、156 の最初のブロックから転写した741個の記号全体で、統合した頻度はフランス語のものである。e の記号が17.6 %、続いて r、a、s、n、u、t、o。
- Tomokiyo の表。 彼の「Lansac’s Cipher」(cryptiana、French Ciphers during the Reigns of Charles IX and Henry III)は記号は正しいが、1行目が m 以降で1文字ずれている(彼の ſ m、L n、б p、⊨ q、9 r、ʓ s、o+ t は、それぞれ n, o, qu, r, s, t, u と読む)。また、彼の Γ = i は e、‡ = h は d であり、「pour」の十字は2つの形のうちの一方で文字 h を表す。各記号の証拠を付けた訂正済みの表は次にある
targets/lanssac/key.tsv.
03 鍵とその発見
- 注記によるクリブ。 f. 154v の1行目 Z ⊢✕ | ſπϙ | y⊤9 | 7⊢ſꞗπſʓ✕ は「Car je n’ay pas cinquante escuz」の脇にあり、car ie nai pas cinquante を与え、一挙に11個の記号を確定させる。その中には car = Z、qu = ꞗ、そして Tomokiyo の行のずれが含まれる。
- 第2の箇所を手作業で、その注記「moins esté retenu … ou oultre」と照合した:† ⊥ ✕ · 8 ꞔ ⊢ o-o 9 · ✱ 8̣ Γ · ϕ ✕ ʓ ✱ ſ o+ = pour le moins esté retenu、続いて ᛏ Γ ᥙ y ✕ 9 7 + ✱ · ᒐ = ou empesché de、y π 9 Lo ✕ ϕ ꞔ ff 3 ттт ⊨ Γ = passer oultre、ᥙ · π ꟿ Lo = mais。新しい記号は、採用する前にそれぞれ姉妹書簡で確認した。
- 転写全体に対する焼きなまし法(フランス語5-gram モデル、記号から文字または短いコードへ、クリブの文字は固定)。自由な記号はシードを変えても同じ結果になり、姉妹書簡のうちクリブが一度も触れなかった部分に、注記が裏付ける語を生む:les dangiers、causé、l’autre、beaucoup、grant seigniur、du monde、changement、sur la teste、recommandé、doubte ou vous mettre。
- f. 124 の復号:各記号に候補値を与え、同じモデルのもとで最もスコアの高い列を採用した。第1の箇所は despuis les dangiers qu’encontrent en Allemagne les françois qui passent et vostre ser… となり、欄外の3つの断片「…es dangier」、「…d’Allemagne」、「qui passent」と一致する。
- 対照実験。 クリブの文字を固定した鍵は、実際の記号順では −2193 から −2198、同じ記号を3通りにシャッフルしたものでは −2924 から −3009 のスコアになる。何も固定しない盲目的な実行はより高いスコア(−2033)に達するが、21個のクリブの文字のうち6個しか復元しない。これほどノイズの多い転写では、言語モデルだけでは鍵は見つからない。鍵を見つけるのはクリブと注記であり、モデルはその後で残りを整合的に埋める。
04 解読
暗号の箇所は角括弧内。16世紀の綴りはそのまま。? は不確かな記号、波括弧は解読できていない部分を示す
Lanssac からシャルル9世へ、ワルシャワ、1573年4月26日。 Sire, [despuis? les dangiers qu’encontrent en Allemagne les françois qui passent, et vostre ser{o r h e}] Les empeschementz et les plus grandes causes qui ayent esté depuis deux {ans} … toute la Turinge, Misnie et Marche de Brandebourg m’ont tellement retardé que je n’arrivay en Polongne à Mezeritz que le vingt-cinquiesme de febvrier. Et sans la faveur que j’ay receue d’aulcuns des serviteurs et pensionnaires de vostre Majesté, principalement des Sieurs Alexandre de Militiz et George Luelz(?), qui me y ont accompagné avec bonne et forte troupe de leurs amis et assisté de leurs moyens, j’eusse sans doubte [pour le moins esté retenu ou empesché de passer oultre. Mais], la grace à Dieu, je me suis rendu il y a desjà long temps avec Monsieur de Valence, lequel m’a enseigné l’estat auquel estoient les affaires qu’il a bien et dignement commencées et continuées jusques icy, et dont j’ay faict ung recueil ensemble de ce que j’ay peu juger, lequel j’envoye à vostre Majesté. Et ne sçachant à présent rien digne d’escrire oultre le contenu audict recueil, sinon que j’ay receu la lettre qu’il a pleu à vostre Majesté m’escrire du xxiii(?) de febvrier, en obéissant à laquelle je me fauldray(?) à me comporter de sorte que j’espère que le bien de vostre service et les affaires qui sont à promouvoir par deçà en demeureront advancez. Je priray le Créateur vous donner, Sire, en très parfaicte santé très contente et longue vie. De Warsauvia, le xxvie d’avril 1573.
日本語訳
陛下、[ドイツを通過するフランス人が出会う危険以来、そして陛下への奉{仕?}……] 妨げと、この2{年}の間に生じた最大の原因が……テューリンゲン、マイセン、ブランデンブルク辺境伯領の全域で私をひどく遅らせたため、ポーランドの Mezeritz に着いたのは2月25日になってからでした。そして、陛下の家臣であり年金受給者である何人かの方々、主として Alexander von Miltitz 殿と Georg Luelz(?) 殿——友人たちの頼もしく強力な一隊を率いて私をそこまで送り届け、資力をもって援助してくださいました——の好意を受けなかったならば、私は間違いなく[少なくとも足止めされるか、先へ進むのを妨げられていたことでしょう。しかし]、神のおかげで、私はかなり前にヴァランス殿のもとに参じました。ヴァランス殿は、これまで見事に、ふさわしく始めて続けてこられた事柄の状況を私に教えてくださいました。私はそれについて、自分が判断しえたことと合わせて要約を作り、陛下にお送りいたします。目下、その要約の内容以上に書くに値することは何も存じませんが、陛下が2月23日(?)付で私にお書きくださったお手紙を受け取りました。それに従い、陛下へのご奉仕とこちらで推進すべき事柄が前進するよう振る舞うことを怠らぬ所存です。陛下、創造主がこの上なく完全な健康のうちに、この上なく満ち足りた長寿をお与えくださるよう祈ります。ワルシャワにて、1573年4月26日。
Miltitz 家はフランスから年金を受けていたザクセンの貴族である。Mezeritz(Międzyrzecz)は、フランクフルト・アン・デア・オーダーからポズナンへ向かう道で最初のポーランドの町である。「危険」とは、聖バルテルミの虐殺の後、プロテスタントのドイツでフランス人に向けられた敵意のことであり、だからこそこの箇所は暗号化され、旅程は暗号化されていない。Lanssac は、4月5日に始まった選挙議会に間に合うようにワルシャワで Monluc に合流した。アンジュー公は5月11日に選出された。彼が予告している recueil は巻中の no. 52「Estat des affaires de Pollongne selon que le Sr de Lanssac y a peu aprendre」で、平文である。
05 同じ鍵で解読した選挙の手紙
目録は、Lanssac の4月24日、5月1日、5月9日の手紙に「déchiffrement」があるとしている。それは宮廷の解読者が外側の欄外に書いた注記で、マイクロフィルムには各行の最後の1、2語しか残っていない。暗号の箇所そのものはスキャンから復元できない。鍵を用いると、各箇所の大部分が解読される。転写と記号ごとの選択は次にある targets/lanssac/reading_siblings.txt。解読できていない部分は波括弧内に示し、(記号ごとではなく)注記と記号数から取った語には疑問符を付けた。
シャルル9世へ、ワルシャワ、1573年5月1日(f. 160)。 … que pour en envoyer devant selon que les occasions des affaires premièrement surviennent. [Car je veoy que ceste nation est autant vénale et? sujette à se laisser gaigner par argent comme sont les Allemans leurs voisins.] Ce jourd’huy ilz mettent en délibération s’ilz doibvent prendre pour Roy ung Piaste ou ung prince estrangier, mais on sçait bien quelle en doibt estre la résolution.
アンジュー公へ、ワルシャワ、1573年5月1日(f. 164)。 … c’est de latin et d’argent, et à bonne quantité, car il y aura de quoy l’employer [à vostre désir]. … les traverses de nos contraires qui n’y espargnent rien pour nous empescher, [{5記号} a despendu {4記号} ensemble {7記号}. C’est en ceste négotiation; l’Empereur en y a despendu plus de trois cens mil {3記号}, si faict {5} {5}, riens qu’il vaille pour ser{…}. Seulement il le trouble {7記号}, desseing faisant le pis qu’il peult contre vous.] Encores ne veulx-je faillir, Monseigneur, de vous ramentevoir … que vous fassiez donner ordre que les navires soient prestz pour l’embarquement.
シャルル9世へ、プウォツク、1573年5月9日(f. 174)。 … ayant esté employé en un affaire de telle importance et qui est reüssy tant heureusement [contre la volunté et menées? du Grand? Seigneur, de l’Empereur, des princes de l’Empire?, du Roy d’Espaigne, du Moscovite, {3記号} et du Roy de Suède, qui tous estoient? bandez contre vo[st]re Majesté]. Si est-ce que j’auray encores plus d’occasion de louer Dieu si je suis tant heureux que vostre Majesté me juge digne d’estre employé en ce second …
日本語
5月1日、国王へ。 この国民は、隣人であるドイツ人と同じく、金に買収されやすく、金で味方につけられやすいことがわかるからです。——5月1日、アンジュー公へ。 ……費やした……ともに……。この交渉においてです。皇帝はそこに30万以上を費やしましたが……それに値することは何もしていません……。彼はただ計画を乱すことしかできず、あなたに対してできるかぎり悪いことをしています。——5月9日、国王へ。 ……これほど重大な事柄であり、陛下に対して結束していた大君、皇帝、帝国諸侯、スペイン王、モスクワ大公、スウェーデン王の意志と策謀に逆らって、まことに首尾よく成功しました。
5月9日の一覧は、フランス使節団から見た1573年の選挙の顔ぶれである。皇帝とスペインを代表するエルンスト大公、イヴァン4世、スウェーデンのヨハン3世、そしてドイツ諸侯の中のハプスブルク寄りの一派。意外なのは「大君」(スルタン)である。オスマン朝は一般にフランスの候補を支持すると見られていたからであり、この部分は記号ごとではなく、注記(「du Grand」)と記号数から取っている。f. 164 の30万は、Lanssac が見積もったハプスブルク側の出費である。単位は解読できていない符号群の中にある。これらの葉から得た新しい値(4 = b、3本の線 = t のほか z も、尾付きの 4 = p、Λ = ns、鉤付きの C = qu、6 に似た記号 = o、Δ = g、下に十字のある o = et)はノートに列挙してある。最後のものにより、f. 124 の「retenu ou empesché」はむしろ「retenu et empesché」となる。
06 不確かなまま残る点
- Despuis は、それぞれ一度しか読まれていない2つの記号(ꝛ を de、N を p)に依拠している。注記の断片「…es dangier」は「…uis les dangiers」と矛盾しないが、のどの部分で行の始まりが失われている。
- François:記号は fran-c-o-r-s を与える。7番目の記号は、この筆跡では r の記号 ϕ に近い形で書かれる i の記号 ϙ でなければならない。さもなければ別の語である。Qui は注記に依拠している。暗号は ꟿ Γ で、ꟿ は mais で i と読まれる。
- Et vostre ser の後には、鍵では o r h e と読める4つの記号が続く。記号1つの誤読を含む service がおそらくその語だが、波括弧内に残した。
- 現在の転写では、et 記号の2つの形(et と nt)と、十字の2つの形(h と pour)は、形ではなく文脈によって区別している。
- 第05節の姉妹書簡の解読はマイクロフィルムから行った暫定的なものである。f. 160 は記号ごとに読んだもので、f. 164 には未読の部分が4つと、f. 174 の注記によってのみ確定する語記号(l’Empereur)が1つある。f. 174 では「Grand」、「de l’Empire」、「estoient」、「vostre」が注記と記号数に依拠している。ff. 156v–157、f. 154 の残り、そしてアンジュー公、カトリーヌ、Brulart に宛てた5月9日付の手紙(ff. 182 以下)は解読していない。Tomokiyo の「f. 331」は、BnF の記述では Lanssac の文書ではない。
07 方法
- ラベルのないマイクロフィルム上で、鉛筆の葉番号のサムネイルから葉を特定した(キャンバス ≈ 1.76 × 葉番号)。原寸大のページは IIIF 画像 API を通じて1枚ずつ取得した。
- 行のインク分布のコントラストを最大化してブロックの傾きを補正し、転写のために1行ずつ帯状に切り出した。741個の記号を字形ラベルとして入力し、区切りは除いた。
- クリブの文字は、f. 154v の注記付きの行と、f. 124 の第2の箇所をその注記と照合した結果から固定した。
- クリブの文字を固定したうえで、残りの記号をフランス語5-gram モデルで焼きなまし法にかけた。同じデータで、盲目的な対照実験と順序をシャッフルした対照実験を行った。
- f. 124 の5行を、記号ごとの候補値の集合から復号した。解読は欄外の断片と平文に照らして確認した。
08 出典
- BnF, Français 4735, ff. 124, 126–127, 154–157:Gallica btv1b9060724s。記述:BnF Archives et manuscrits。
- S. Tomokiyo, “French Ciphers during the Reigns of Charles IX and Henry III”, section “Ciphers of Monluc and Lansac, Sent to Poland (1573)”(cryptiana)、表 henryiii_Lansac.png 付き。
- E.-H.-V. de Noailles, Henri de Valois et la Pologne en 1572, 全3巻(パリ、1867年)。使節団の書簡の刊本は第III巻(Internet Archive)。4月26日付の手紙は収録されていない。
転写、鍵、読解、ソルバー、対照実験、取得と切り出しのスクリプトはリポジトリにある(targets/lanssac/)。ページ画像はコミットしていない。
