日本語訳 · 原著 Daniel Bourdeau『Unsolved Historical Ciphers』は CC BY 4.0 で公開されている。本ページは JIC による翻訳で、原著者の公式版ではない。訳文に相違がある場合は英語原文が優先する · 英語原文を見る ↗
77 79 10 79 44 73 · 5 · 32 72 66 12 92 · 5 · 22 34 · 5 · 10 16 12 17 66 03 71
t u m u l ti [null] in te r n i [null] del la [null] m o n a r chi a
a = 17 71 · e = 13 49 · i = 42 92 · 5 null · 8063 quando · 63 se

マドリード → ローマ · 2桁の数字による同音異字(ホモフォニック)暗号に4桁のノーメンクレーターを併用 · 1767年10月13日

マドリードの教皇大使 Lucini から国務省へ、1767年10月13日

Torrigiani 枢機卿
宛先Torrigiani 枢機卿

Archivio Apostolico Vaticano, Segreteria di Stato, Spagna 304、f. 280 で終わる葉(DECODE R120)。4ページの平文の書簡で、最後の文が数字に変わる。このシリーズの George Lasry の鍵は2020年から記録に付いていたが、この箇所の解読は見つからなかった。鍵を、値を1つ訂正し符号群を5つ加えて適用した。文は1つのコードを除いて復号できる。

Daniel Bourdeau · 投稿 · 更新

手法:既知の鍵で読解 · 範囲:完全

要約。プロジェクトのカタログは、DECODE R120(項目246)を、1767年6月2日付の「Vincenti 修道院長と教皇大使 Lucini」の暗号書簡として登録しており、暗号が何を隠しているかは不明とされていた。その日付は巻の始まりの日付である。撮影された4ページは、マドリード駐在の教皇大使 Cesare Alberico Lucini による1767年10月13日付の1通の書簡で、最後の文を除いてすべて平文である。George Lasry は2020年に兄弟書簡(R121)からこのシリーズの鍵を再構成し、両方の記録に添付した。しかし R120 にある唯一の解読は彼による R121 のテキストであり、R120 自身の数字の解読ではなかった。その鍵で、転写の書き損じ1つを画像から訂正し、鍵の値を1つ訂正し(63は di ではなく se)、符号群を5つ加えると、この箇所は1つのコードを除いて完全に復号できる。カルロス3世の大臣 Grimaldi から、不敬罪の事件で聖職者に世俗の裁判官の前で証言させる許可を無期限に更新するよう求められた教皇大使は、その要求が i tumulti interni della monarchia と各地の蜂起を狙ったものだとローマに書き送っている。文は DECODE が撮影していない葉へと続いている。
手書きのイタリア語書簡の末尾:「tenda ad estinguere i」で終わる平文の後に、連続する数字が6行続く
Spagna 304 f. 280:平文は「tenda ad estinguere i」の後で数字に変わる。画像:Archivio Apostolico Vaticano, Segreteria di Stato, Spagna 304 f. 280、DECODE R120 経由。

01 書簡と鍵

Spagna 304 は、1767年6–12月のマドリード教皇大使館の書簡原本と暗号を収めた2巻目である。DECODE はそのうち4ページを R120 として、1枚の葉 f. 485(1767年12月)を R121 として撮影した。R120 は2020年6月に MEG が、R121 は2017年に EHum が転写した。2020年10月24日、Lasry は再構成した鍵と R121 の解読を投稿した。彼はその両方を R120 にも添付しており、R120 が「partially decrypted」とされているのはそのためかもしれない。

鍵は小規模な教皇大使館の暗号である。文字とよく使う音節に固定長2桁の同音字をあて(a 17|71、e 13|49、i 42|92、che 02、non 61、del 22、la 34)、数字 5 を冗字(ヌル)とし、すべて8で始まる4桁のノーメンクレーターのコードをもつ。5で始まる2桁の要素はないので、単独の5は常に冗字であり、数字は曖昧さなく単位に分割できる。

02 暗号化された文

152個の数字は82のトークンに分かれる。群ごとに復号すると:

77 79 10 79 44 73 5 32 72 66 12 92 5 22 34 5 10 16 12 17 66 03 71 5 92 8061 42 5 23 8063 5 32 8063 5 67 5
t  u  m  u  l  ti _ in te r  n  i  _ del la _ m  o  n  a  r  chi a  _ i  qual i  _ di quando_ in quando_ si _
20 8700 5 63 12 73 91 49 5 32 8107 49 5 76 16 44 99 13 79 17 8099 42 5 02 5 76 79 09 90 49 11 16 60 5 32 5 23 79 13 66 67 5
f  anno _ se n  ti r  e  _ in [?]  e  _ s  o  l  l  e  v  a  zion i  _ che_ s  u  c  c  e  d  o  no _ in _ di v  e  r  si _
Io credo, che la dimanda che mi si fa tenda ad estinguere i tumulti interni della monarchia, i quali di quando in quando si fanno sentire in [8107] e sollevazioni che succedono in diversi […]

「私に対してなされた要求は、時折 [8107] で表面化する王国内部の騒乱と、各地で起こる蜂起を鎮めることを狙っていると私は考える…」

鍵と転写の変更点:

03 平文部分の内容

Lucini の前任者 Pallavicini 枢機卿が去った直後、国務大臣 Grimaldi 侯は教皇大使に覚え書きを送った。それは書簡に同封されている。覚え書きは国王の名において、Pallavicini が1766年7月1日に与えた許可の更新を求めていた。不敬罪の事件で、聖職者に世俗の裁判官の前で尋問を受けさせ証言させる権限である。国王はそれを indefinita ed illimitata とし、修道聖職者から在俗聖職者にまで広げることを望んでいた。

Lucini は当初、この許可を、前任者に「in occasione della nota sollevazione」、すなわち1766年のマドリード暴動の際に与えられた特別な権限であり、前任者とともに失効したものと受け取った。次に、Grimaldi が同封した印刷された勅令(cedula)を読み、Pallavicini がその権限を後任者に引き継がせていたことを知った。そこで彼は国王に対し、前任者の付した留保を伴う更新を申し出た。その留保は教皇が承認していた(1766年8月7日付の書簡)。在俗聖職者については、Pallavicini が Cuenca 司教区について行ったように(1766年9月4日承認)、司教たちに再委任するという。国王が期限付きの更新を受け入れるかどうかはわからないとして、彼は指示を求めている。そして暗号が、マドリードの動機についての彼の私見を伝える。これは1767年4月にイエズス会がスペインから追放された半年後のことであった。

04 未解決のまま残るもの

05 出典

作業ファイル、訂正した数字、パーサー、完全な読みは targets/lucini1767/ にある。