日本語訳 · 原著 Daniel Bourdeau『Unsolved Historical Ciphers』は CC BY 4.0 で公開されている。本ページは JIC による翻訳で、原著者の公式版ではない。訳文に相違がある場合は英語原文が優先する · 英語原文を見る ↗
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Combien · que · je

ビトリア → カール5世 · 同音異字換字、フランス語 · 1522年5月28日

La Chaulx からカール5世へ、ビトリア、1522年5月28日

カール5世
宛先カール5世

Biblioteca Nacional de España, MSS/20212/39/1–2;DECODE R1187。カタログには、内容不明の1522年1月1日付スペイン語暗号書簡として載っていた。実際には、ハドリアヌス6世のもとに送られた皇帝の使節が1522年5月28日にビトリアで書いたフランス語の急報である。到着時に作られた解読文が 39/2 として綴じられており、5つの暗号箇所すべてを与えている。これを最初の暗号の行と照合した。鍵は再構築しておらず、書簡の刊行された校訂版も見つからなかった。

Daniel Bourdeau · 投稿 · 更新

方法:既存の解読から読解 · 範囲:完全

要約。La Chaulx 領主 Charles de Poupet は、1522年初めに、新たに選出されてまだ半島にいた教皇ハドリアヌス6世のもとへスペインに派遣された。R1187 の18ページは2つの文書からなる。39/1 は皇帝に宛てた彼の署名入りのフランス語の書簡で、日付は “en vostre ville de Victoire le xxviijme de may 1522” である。5つの暗号箇所があり、余白に A、b、C、D、E と記されている。39/2 は別の筆跡による同時代の解読文で、同じ文字で対応づけられている。DECODE の “Inline Plaintext: Yes” はこれを指している。ここで最初の暗号の行をそれと対応づけた。記号の数は combien que je に一語一語合い、e には3つの異なる記号が使われているので、暗号は同音異字式で、39/2 はその解読文である。解読文は5つの箇所すべてを網羅している。鍵は再構築しておらず、この書簡の刊行された校訂版も見つからなかった。
La Chaulx の書簡の暗号 A 箇所と、同じ箇所の同時代の解読文の冒頭
上:暗号の A 箇所(39/1、画像2)。下:1522年の解読文にある同じ箇所(39/2、画像9)、“A — Combien que je vouldroie mectre mon ame en gaige que vous estes la personne de ce monde quil ayme le plus…”。画像:Biblioteca Nacional de España, MSS/20212/39/1(画像2)および 39/2(画像9)、DECODE R1187 経由。

01 レコード

DECODE は言語をスペイン語とし、日付を1522年という日付範囲の初日である1522年1月1日としている。どちらも誤りである。

02 暗号と照合

暗号は筆記体の記号と数字による換字で、語の区切りはない。A 箇所は E o+ o φ 2 ꝑ 3 m4 7 o ꝝ ꝭ o+ ▷ c ɗo ʆ ɗ ꝑ…で始まる。解読文と照らすと、これは c-o-m-b-i-e-n q-u-e j-e v-o-u-l-d-r-o-i-e である。どの語も1文字に1記号で、e は3つの異なる記号で書かれている(ꝑ, o, ꝭ)。鍵は再構築していない。それには1522年に解読済みのテキストのために、1024ピクセルのスキャンから約1,500の記号を転写する必要がある。

03 1522年の解読文

39/2 から転写。等級 M(中程度):スキャンから転写し、略記は展開した。疑わしい語は角括弧に入れた。

A. Combien que je vouldroie mectre mon ame en gaige que vous estes la personne de ce monde quil ayme le plus, mais ne doubtez que luy estre a Rome il sera sollicite et practique de tant de costez que lon luy pourroit [desmouvoir] quelque chose dont il ne se [retireroit]…

b. Sire, entant que touche le partement du pape… le lieu de Barcelone ou il entendoit assembler son armee, la peste sest mise de sorte quil fauldra quil aille a Tarragone ou a Cartagena… Il actend davoir deux caracques qui sont en ung havre vers Landelousye… et ma dit que sy voz galleres de Naples venoient, il est du tout delibere avec icelles et les nefz de dela soy [embarquer] et passer… mais il le fault tenir secret… Je suis tousjours de loppinion que vous ay escript quil ne partira de tout le mois de juing… le nombre de gens quil a entreprins de mener, que sont quatre mille hommes… il fait courre le bruit quil emmenera vingt mille…

A 箇所で La Chaulx は、教皇が誰よりも皇帝を愛していることに自分の魂を賭けてもよいと述べる。だが、ローマではハドリアヌスがあまりに多くの方面から圧力を受け、取り消せないことを約束してしまうかもしれないと警告する。b 箇所は教皇の出航についてである。バルセロナのペストのため、集結地はタラゴナかカルタヘナに移る。ハドリアヌスはアンダルシアの港にある2隻のカラック船とナポリのガレー船を待っており、La Chaulx は彼が7月より前に発つとは見ていない。彼は4,000人を連れて行き、2万人を連れて行くと噂を流させるだろう。実際にはハドリアヌスは8月にタラゴナから出航した。C–E の箇所は、金銭とコルテス、カタリナ王女とポルトガル、そしてフランス、イングランド、スイスからの知らせに関するもので、39/2 に示されており、メモに要約してある。

04 未解決のまま残るもの

05 出典

メモ、転写、プロファイルは targets/poupet1522/.